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ナノテクノロジーの産業振興を急ごう

今年も国際ナノテクノロジー総合展nano tech 2012(参考資料1)が開催され、多数の来場者で賑わった。この展示会も当初はパネルと、小瓶に入った素材の展示が主だったが、回を重ねるごとに形あるものが展示されるようになっている。説明員も一流の専門家が多く、中には大学教授や実際に研究に携わっている博士号取得者もおり、丁寧に説明していただけるのは大変うれしい。そして来年の募集予告を見ると展示場面積も拡張するようである。しかし残念ながらその素材を応用した実機の展示は、まだ少ないのが現状である。大規模産業化への道筋がまだ見えていない。

「次はナノテクノロジーだ」と言われてから久しい。米国でクリントン大統領がナノテクノロジーを国家的戦略研究目標に取り上げたのが2001年で、日本でも研究予算が配分されるようになった(参考資料2)が、それからもうすでに10年たった。「半導体が産業のコメになる」と言われ、研究開発が促進されて産業としての形を整えるまでの歴史を振り返ると、「ナノテクノロジーが次の産業」というのであれば、もう少し産業振興のスピードを上げる必要があると思う。

下記理由で半導体産業と将来のナノテクノロジー産業とは同じ路線上にある。日本の半導体産業がリストラ、統合の話ばかりで、せっかく育成された技術者や生産技術力が四散しつつある。そこで、その技術蓄積をぜひこのナノテクノロジー産業分野で活用していただきたいと願うからである。

図1に半導体産業の製造技術動向をまとめた。半導体産業には大別して主に3分野がある。即ちシリコン、ゲルマニウムなどの限家焼蛎里箍醜臺半導体、それに有機半導体などを素材として、1.光関係のオプトエレクトロニクス(フォトニクスとも呼ばれる)分野、2.太陽電池や照明、家電、工業用デバイスなどを含めたパワーエレクトロニクス分野、そして3.LSIを主とした情報通信エレクトロニクス分野である。図に示すように、このすべての分野がナノテクノロジー分野へ向かっている。

即ち、オプトエレクトロニクス分野では、早くから歪技術や量子井戸などが実用化され、バンドエンジニアリングが行われていた。そしてHEMTデバイス(参考資料3)なども商品化され、広く使われている。また最近は量子ドット(参考資料4)技術が実用化され、耐熱性の良いレーザが作られている。今後、単一光子などが取り出されると、高速通信、量子暗号などへの応用が期待されており、量子コンピュータも夢ではない(参考資料5)。

パワーエレクトロニクスの分野でも、特に太陽電池などでは量子ドットが注目され、理論的には70%を越す光電変換効率が期待できるという研究結果(参考資料6)も発表されている。

電子情報エレクトロニクス分野でも微細加工技術の進展により、今や20〜10ナノメータ(10-9m)スケールの加工を施したデバイスの実用化が近い。ここでもキャリア移動度を上げるため歪を使う技術や、材料組成を変えて閾値電圧やコンタクト抵抗などを下げるバンドエンジニアリングが使われている。将来デバイスの一つとしてスピン注入を活用したスピントロニクス技術の研究も盛んに行われている。そして前記のフォトニクス分野で培われた量子ドット技術などと融合すれば、高速・大容量通信が可能になる(参考資料5)。

このように半導体産業はいずれの分野も、図中の青色破線で示したナノテク領域の量子デバイス分野へ進んでいると言っても過言ではない。つまりナノテクノロジー産業は半導体産業の延長線上にある明るい世界であり、そこは半導体産業で培い蓄積された技術が生かされる分野でもある。緑色の破線は現在ここまで量産化が進んでいるという意味である。量子ドットやTSV技術はすでに一部量産化が始まっているともいえる。


図1 半導体産業の技術動向 横軸に加工技術の進展、縦軸に性能・機能などの特性をとって表した。

図1 半導体産業の技術動向 横軸に加工技術の進展、縦軸に性能・機能などの特性をとって表した。HEMT:High Electron Mobility Transistor、ED: Emergent Device、EM:Emergent Material、SOI:Si on Insulator、 TSV: Through Si Via技術をそれぞれ意味する。


もちろんナノテクノロジーが産業として勃興するに至るまで、乗り越えねばならない壁はいくつもある。産業は一人や二人の個人の努力で達成されるものではない。特に技術開発実用化に当たっては、膨大な技術蓄積力がものをいう。

図2にその一例として、すでに産業になっている炭素繊維技術とその位置づけを、ナノカーボンの歴史の中にまとめた。これは2010年10月の応用物理学会誌ナノカーボン特集号(参考資料7)に掲載された各論文の序論に出てくる先達の業績を拾い集めて作成したものである。図中で四角の枠内には、個別に明記していないが、数多くの文献や発見が含まれている。残念ながらフラーレンとグラフェンのノーベル賞は日本人ではないが、日本には炭素繊維技術が古くから開発・実用化されており、膨大なナノカーボンの研究実績がある。実際の産業とはこのように多くの研究者や技術者の努力の結晶として成り立つものである。そしてそこからまた新しい知見、発見、発明がなされ、ノーベル賞になる発見も生まれている。


図2 ナノカーボンの歴史 応用物理第79巻第10号特集号(2010年)(参考資料7)の各論文序論より抽出して作成。

図2 ナノカーボンの歴史 応用物理第79巻第10号特集号(2010年)(参考資料7)の各論文序論より抽出して作成した。各著者に感謝する。実際は重複部分もあるので、厳密な線引きは困難であるが、図中で主に上1/3にグラフェン、中の1/3にフラーレン、下1/3にカーボンナノチューブ関係を集めた。▼は年代軸の時期を表す。GIC:グラファイト層間化合物、VGCF:気相化学合成炭素繊維(Vapor Grown Carbon Fiber)、AB効果:アハラノフ・ボーム効果(Aharanov-Bohm effect)、CNT(nm)理論:ナノチューブの立体構造(幾何学的螺旋構造 カイラリティ)を整数(nm)で表した理論、をそれぞれ意味する。


ナノテクノロジーを大きな産業にするには、やはりこのような膨大な技術蓄積が求められる。盛田昭夫元ソニー会長の言葉を借りると、「発明に1の独創性を必要とすれば、それを商品化し、ビジネスとして成功させるには、10も100もの独創性が必要」(参考資料8)になる。

技術開発でぶつかる壁を乗り越えるときの苦労話は、CCDの開発・実用化に成功された越
智成之氏の業績をまとめた記録にも明らかにした(参考資料9)。またその壁を乗り越えるきっかけに関しても、トンネル磁気抵抗効果を実用に結びつけた宮照宣教授は、「大きな研究成果は何もない所に、ぱっと生まれるものではなく、関連した、いくつかの研究の中から生まれるのが一般的である」と述べておられる(参考資料10)。これは図2からも容易にうなずけることであろう。

それではこのような独創性はどのようにすれば発揮できるだろうか。これも多数の事例がすでに提示されている(参考資料11、12)が、ここでは例として現在DRAMでは主流となっている1Tr.1Cメモリセルを用いたLSIを採り上げてみよう。このセルの基本特許はIBMのDennard氏(参考資料13)によるが、それを実用化したのはテキサス・インスツルメンツ社の喜多川儀久氏である。喜多川氏はレイアウトテクニシャンとわずか2名で、このセルを用いて4K DRAMを世界で初めて作り上げた(参考資料14)。そこではセンスアンプやプリチャージ回路、バッファ回路、ダミーセル配置などに、製品化するまでの多数の独創的発明がなされた。その内容は喜多川氏が出願された特許明細書に詳細に記載されている(参考資料15)。そして最初のウェーハからすぐ全ビット動作するチップがとれたという(参考資料16)。

喜多川氏はそのような実用化のための発明の条件として次の3つをあげている(参考資料16)。
1. 的確な目標設定と強い使命感を持った競争意識
2. 新しい発想に高い評価を与える環境
3. 当該分野でエキスパートでないこと

1、2は当然として、3の意味するところは説明を要する。いつも「V字型人間になれ」とか、「専門分野で世界最高峰に立てば、自然に周囲がよく見えてくる」と専門分野でトップになるよう説いていた筆者は、この意味を「岡目八目で隣の分野を時々は見よ、参考になる場合もある」ということかと思っていたが、このたび、喜多川氏に直接確認したところ、「赤ん坊のような素直な目で見よ」ということだそうである(参考資料17)。産業振興のためには単に数のみ技術者を揃えておくだけではなく、このような眼をもった技術者も確保しておかねばならない。

ナノテクノロジー産業の土台となりうる、半導体産業従事者、特に生産技術者は、日本の場合、かなり四散してしまった。しかし今ならまだ技術蓄積が残されている。技術者数が減少し、技術蓄積が陳腐化する前に、何とかそれを活用し、次のナノテク産業につないで行けたらと願う。

そのためにやるべきことはたくさんある。上記のような技術開発はもちろん重要であるが、その他にも次のような視点も重要かと思う。

(1)マーケットリサーチができて、市場の要求を敏感に察知し、売れる商品の形を描ける、技術に精通した企画力の養成も必要である。つまりその素材が何に使えるか、そのナノテクノロジーを使うとどの分野で大きな市場が生まれるかなどを見究める力である。小規模でよいから組織的なシステムが必要で、これが今までの半導体国家プロジェクトで欠落している部分ではないかと思う。
(2)将来を見通し、果敢にかつ忍耐強く、人、物、金のリソース投資ができる経営力と、多少の景気変動に動揺しない忍耐性のあるマネジメント力を必要とする。株主重視も大事だが、まずは長期的視野に基づく企業存続に向けての強固な意志が求められる。25年前に出版された盛田昭夫氏の名著「MADE IN JAPAN」(参考資料18)を読み返すと、盛田氏が米国の経営者に対して述べた苦言が、今や、そっくりそのまま日本の電機産業界に対しても当てはまるようになってしまったのは残念である。
(3)常に斬新なアイデアを尊重し、厳しく開発納期管理をする意識を持った技術者リーダーの養成も必要である。開発リーダーの資質として最も大事なことは、市場が要求する時期に合わせて商品を提供することができるように、開発納期を守ることである。今では既述(参考資料9、19、20)のようにPERT TIMEなどネットワーク管理手法とも言えるスケジュール管理ソフトもあるので、それを使うのも有効であろう。
(4)熟練作業者には生産革新運動を身に着けさせ、国際競争力を高めておく必要がある。これらの人材は既存の半導体産業人が即戦力となる。生産革新運動は常に生きもののように進展しており、陳腐化するのも速い。現在はコンピュータで製造ラインのデータが集計され、傾向管理がなされるようになっている。そのようなデータを統計的に解析できるスキルを持った人材も、散逸流失させることのないようにするべきである。また、レベルの高い中核技術者育成のため、ナノテク製造中核人材の養成プログラム(参考資料21)も実施されている。
(5)日本の半導体産業や液晶産業のような轍(てつ)を踏まないためにも、戦略的な知的財産権の確立と、ここで忘れてはいけないのが、その活用である。知的財産の重要性が叫ばれるようになり、内閣府にも知的財産戦略本部が設置され、戦略的出願の必要性とそのための実施計画が審議されて、毎年進捗状況がまとめられている(参考資料22)。さらに踏み込んで知的財産を企業の冨に、更には国富に換えるための、戦略的で具体的な活用手段(参考資料23)に関しても検討、推進する必要があろう。知的財産権出願にはいわゆる防衛の意味もあるが、しかし出願するだけではなく、知的財産権を具体的に富に換えて、次世代の発明のために投資するというサイクルが回らない限り、真に知的財産が活用されているとはいえないからである。

半導体産業や自動車産業で日本が米国に追いついたとき、米国は産学官で日本の研究を盛んに行った(参考資料24)。1980年にバイドール法を制定し、1985年にはヤングレポートが発表され、その勧告を実施し、プロパテント政策を貫き、双子の赤字を解消して、次のステップアップを果たしている(参考資料25)。今の日本はそろそろ素直に、なぜ韓国、台湾、中国が勃興したのか、単に金融、税制の差なのか、それとも教育、精神文化、人材、あるいは意気込みの差なのか、その真の理由の解明と、米国が日本を研究して返り咲いた理由を再度研究し、もう一度産官学で戦略を立て直す必要があると思う。閉塞感が漂うなどと世の中のせいにせず、自分もその閉塞感を漂わせている一員であることを自覚し、意識を奮い立たせる必要がある。技術立国をうたうなら、もはや他国に遠慮するゆとりも時間も日本にはないことを銘記すべきである。

【謝辞】
原稿チェックとコメントを賜った元米テキサス・インスツルメンツ社フェロー、元日本テキサス・インスツルメンツ社デザインセンター所長、元武蔵工大(現東京都市大学)客員教授で現在ビジネスパートナージャパン代表取締役である電子情報通信学会フェロー喜多川儀久氏に深謝する。また日頃ご指導いただく武田計測先端知財団常任理事、東京農業工業大学名誉教授、元超LSI技術研究組合共同研究所所長の垂井康夫先生はじめ、同財団の赤城三男専務理事、溝渕裕三理事、禿節史プログラムスペシャリスト、相尚昭プログラムオフィサーに感謝の意を表したい。またこの度もセミコンポータル編集長津田建二氏に査読などでお世話になった。併せ厚く御礼申し上げる。

鴨志田 元孝 武田計測先端知財団プログラムスペシャリスト


参考資料
1. 例えばnano tech 2012
2. ウィキペディア ナノテクノロジー
3. High Electron Mobility Transistor の略。高電子移動度トランジスタ。詳しくは三浦義男、「第8章 三村高志 衛星通信を普及させた高性能トランジスタHEMTの開発」、垂井康夫編、「超波及度で世界を変えたイノベータ」、オーム社(2007)
4. Y. Arakawa, H. Sakaki, "Multidimensional Quantum Well Laser and Temperature Dependence of its Threshold Current", Appl. Phys. Lett., 40, 939-941 (1982)
5. 例えば荒川泰彦、"総論 先端ナノフォトニクスの展開―量子ドットを中心として―"、電子情報通信学会誌Vol.91、No.11、922(2008)
6. Nozawa and Y. Arakawa, "Detailed balance limit of the efficiency of multilevel intermediate band solar cells", Appl. Phys. Lett. 98, 171108 (2011)
7. 応用物理79(10)、(2010)掲載論文の序論から抽出
8. 例えば越智成之、「イメージセンサのすべて」(工業調査会刊)(2008)のp.63
9. 鴨志田元孝、"第5章 越智成之 CCDイメージセンサの事業化"、垂井康夫編、「生活者の豊かさを創出したイノベーター」(オーム社)(2010) pp.171-202
10. 鴨志田元孝、"第7章 宮照宣 トンネル磁気抵抗効果(TMR)の先駆的開発者"、垂井康夫編、「生活者の豊かさを創出したイノベーター」(オーム社)(2010) pp.231-260
11. 例えば少し古いが西澤潤一編、「独創」、半導体研究振興会刊(1981)に25件の事例がまとめられている
12. 垂井康夫・武田郁夫編、「独創する日本の企業頭脳」(集英社新書刊)(2006)にも8件の事例がまとめられている
13. R. H. Dennard, "Field-Effect Transistor Memory", US Patent 3387286, June 4 (1968)
この件はS. Takei、"DRAM用1トランジスタセル基本特許(R. H. デナード、IBM社)"、http://homepage3.nifty.com/circuit/dokusou/tokukyo7.pdfでも紹介されている。
14. C. Kuo, N. Kitagawa, E. Ward, P. Drayer, "Sense Amplifier is Key to 1-Transistor Cell in 4096-bit RAM", Electronics Vol. 46, pp. 116-121, Sept. 13 (1973)。ここで共著者は喜多川氏の所属部設計部長、新任部長、プロセス部長(喜多川儀久 私信 2012年2月23日)
15. C. -K. Kuo, N. Kitagawa, "High Density, High Speed Random Access Read-Write Memory", US Patent 3940747, Feb. 24 (1976)
16. 喜多川儀久、"時代を変えた発想 1トランジスタDRAMを創出 最初のウェーハで全ビット動作"、NIKKEI MICRODEVICES 1993年2月号pp.135-136(但しこの文献のRef.1掲載のUSP番号は、参考資料15のUSP番号が正しい)
17. 喜多川儀久 電子メール私信(2012年1月31日)「・・・人は皆そうですが、ある程度地位や名誉を得ますと守りに入ります。 知識も同じように見えます。その道の達人になりますと安定した成果は出ますが、画期的な研究や開発は難しくなるようです。事例として適当でないかもしれませんが、ノーベル賞の業績は、殆ど20代、遅くとも30代の始めになされています。ということで、あまりその道オンリーの権威の意識を持たず、いつも赤ん坊の目で開発に当たるべきだと言いたかったのです。」とのコメントを頂いた(許可を得て掲載)
18. A. Morita、E. M. Reingold、M. Shimomura、"MADE IN JAPAN"、E. P. Dutton (1986)、日本語では盛田昭夫、下村満子、E. M.ラインゴールド著、下村満子訳「MADE IN JAPAN わが体験的国際戦略」、朝日新聞社刊(1987) 
19. 鴨志田元孝、"新製品開発に必要な論理的計画管理と知的財産権に対する執念"、セミコンポータル(2011年2月9日)https://www.semiconportal.com
20. 越智成之、「イメージセンサのすべて」(工業調査会刊)(2008)のp.67
21. 産業技術総合研究所ナノデバイスセンター、日本工学会共催 ナノテク製造中核人材の養成プログラム 「ナノエレクトロニクス」
平成23年度カリキュラムはhttp://www.seed-nt.jp/h23/NE.php
22. 例えば内閣府知的財産戦略本部、「知的財産推進計画2011」(2011年6月)
23. 例えば鮫島正洋、「特許戦略ハンドブック」、中央経済社刊(2003)
24. 例えば1986年にはMIT産業生産性調査委員会が発足し、1989年にM. L. Dertouzos, et al., 「MADE IN AMERICA」, MIT Press(1989)として出版されている; 依田直也訳MIT産業生産性調査委員会マイケル・L・ダートウゾス、リチャード・K・レスター、ロバート・M・ソロー;「Made in America」草思社(1990)
25. 例えば上田明博、「プロパテント・ウォーズ」、文春新書刊(2000) 中でもpp.124-144

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